大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成4年(行ツ)87号 判決

東京都杉並区永福二丁目三一番四号

上告人

宮川一二

右訴訟代理人弁護士

吉佳仁男

宇田川和也

東京都杉並区成田東四丁目一五番八号

被上告人

杉並税務署長 藤田忠志

右指定代理人

加藤正一

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行コ)第五五号更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成四年一月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉住仁男、同宇田川和也の上告理由について

本件利息収入が事業所得に該当せず、雑所得に該当するとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

(平成四年(行ツ)第八七号 上告人 宮川一二)

上告代理人吉住仁男、同宇田川和也の上告理由

原判決には、次のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一 所得税法第二七条一項の解釈・適用の誤り

1 原判決は、同条項に定める「事業所得」に該当するか否かは、「社会通念に照らして、その営利性、係属性及び独立性の有無によって判断すべきものと解するのが相当であり、具体的には、利息の収受の有無及びその多寡、貸付の口数、貸付の相手方との関係、貸付の頻度、金額の大小、担保権設定の有無、人的及び物的設備の有無・規模、貸付宣言広告の状況など諸般の事情を総合的に勘案して、右の点を判断すべきものと考えられる。」として、上告人の貸付行為は、「事業所得」に当たらないとして、同条の適用を否定した。

しかし、上告人の貸付行為を社会通念に照らしてその営利性、継続性及び独立性の有無によって判断すれば、当然に「事業」ということになるはずである。

原審は、右判断基準として掲げられた具体的要素のみを重視するあまり、社会通念について誤った結論を導き出してしまっている。

右具体的要素は、個々的に取上げてみれば、営利性、継続性及び独立性の有無とは関係が無いものが多い。

たとえば、貸付の頻度や金額の大小は、事業規模の問題であって、細々と行っているから事業ではないとはいえない。担保権設定の有無については、いわゆる消費者金融では、担保を設定する方が、むしろ全く例外である。貸付の相手方との関係についても、特定の者としか取引きをしないことは、営利性や継続性を否定する理由とはならない。グループカンパニーと呼ばれるものは、グループ内の相手方としか取引きをしないのであり、特定の者だけを取引きの対象にした金融会社もある。右の理屈は、特定の者としか取引きをしないということが、営利性や継続性を否定することになるか否かの問題であるから、取引行為の主体が会社か個人かは関係がない。

人的及び物的設備の有無・規模にしても、電話一本で巨額の資金を貸付けている、いわゆる金融ブローカーも存する。

右の点に関しては、次の判例が存する。

所得税法九条一項四号にいう「事業」は、営利を目的とする継続的行為であって、社会通念に照らし事業とみられるものすべてを含み、特に事業場を設置したり人的物的要素が結合した経済的組織によるものであることを必ずしも必要としないし、またその者の本来の業務あるいは職業としてなされる場合であると副業的なものとしてなされる場合であるとを問わない。(名古屋高裁金沢支部昭和四三年二月二八日判・昭和四〇年(行コ)二号、行裁例集一九巻一・二号二九七頁)

原判決は、営利性、継続性及び独立性の有無を判断すべき具体的要素として、右のように例示しているものの他に「諸般の事情」を総合的に勘案するなどしてしているが、実際には、その例示したものだけを基準として取上げ、上告人に不利な結論を導き出しているのであり、上告人が主張する多くの事実要素を全く無視している。

しかも、右例示された具体的基準なるものは、前述したとおり、それぞれ個別に検討すれば、そもそも判断基準たり得るものかは甚だ疑問である

2 上告人が主張した「事業性」の有無に関する判断事実要素は左記のとおりである。

上告人は、昭和五三年九月、東京都知事に対し貸金業の開始届出書を提出し、その後、貸金業の規制に関する法律の制定に従い、昭和五八年一一月には、東京都知事に対し貸金業者の登録の申請をなして同年一二月二〇日、登録をされた。

右届出、登録前の上告人の貸付先は、三〇件に及び、一件当りの貸付金額は、一〇万円から五〇〇万円位であり、二〇〇万円乃至三〇〇万円が多かった。

上告人は、右届出に伴い、被上告人に対し、貸金業の開業届を提出し、同時に、事業所得の所得税の青色申告承認申請書を提出し、被上告人は、これを受理し、以後、長年にわたり継続して貸金業による所得を事業所得として申告し所得税を支払い、被上告人は、異議なくこれを認めてきた。

上告人は、貸金業法により登録された営業所に、東京都知事より受けた「貸金業者登録票」(甲第一三号証乃至同第一五号証)を掲げ、自ら貸金業者であることを表示し、さらに同法に従い、同営業所には、貸付の種類及び貸付の利率を表示し、研修終了証書の写しを同所の壁に貼付している。(甲第一六号証)

右研修終了証書は、貸金業法第二九条の定めに基づき、三年度に亘って原告が社団法人東京都貸金業協会の研修を受け、所要課程を終了したことを証するものである。(甲第六号証乃至一一号証)

上告人は、昭和四九年から貸金業のために特に作成した「金融業」と記載した帳簿を備え、貸付金額及び原本、利息の弁済の事実、貸付の経緯を詳しく記帳している(甲第四四号証)とともに、貸金業法施行後は、貸付契約に際しては、必ず同法によって定められた定型用紙を使用し、貸付をなしている。

各貸付については、必ず利息の約定をし、でき得る限りの担保を徴収している。

貸付先が宮川企業株式会社または、株式会社宮川である場合には、上告人がそれぞれの会社の代表取締役であるため、上告人からの借入れについて取締役会の承認を受け、議事録を作成し、右議事録中にも、上告人が貸金業者であることを明示し、上告人はもちろんのこと、他の取締役も全員、上告人が貸金業者として、各会社に貸付けることを承認している。(甲第五九号証、同第六四号証)

右各会社に対する貸付金の利率については、銀行から借入れる場合と同一、もしくはそれより高い金利を定め、それぞれ取締役会の承認を得ている。

(甲第五九号証、同第六〇号証、同第六四号証)

また、上告人は、貸付金(利息を含む)の回収に、非事業者が営利を目的としないで行う貸金の回収とは比較にならない程の努力をし、かつ、必要資金を投下していることも証拠上明らかである。

上告人は、被上告人から突然上告人の貸付による所得は事業所得ではないと主張され、極めて不思議に思い、昭和六二年二月、東京都の金融課及び東京都貸金業協会を訪ね事情を説明し、話を聞いたところ、いずれも、貸金業登録業者がその貸付による所得を雑所得として取扱われたという話は聞いたことがなく、全く考えられないとの返答であった。(甲第一二号証)

上告人は、その時、同金融課の職員から参考にということで、「東京都知事登録貸金業者・貸付残高別貸付状況(昭和六一年三月末現在)」と題する書面(甲第一二号証)の交付を受けた。

同表によれば、上告人の貸金業の貸付残高による規模のランクは、中程度より上であり、被上告人が「貸金を業とする者にとって最も重要」であると強く主張する「担保」の存在も、消費者向無担保貸付件数は、九〇一〇五三件であり、同有担保貸付件数、三三二六七六件の約三倍もあり、貸付合計金額も前者が金三七〇、五六一(百万)円、後者が金二七七、七五三(百万)円と無担保貸付のほうが多いのである。(なお、甲第六三号証の昭和六三年三月末現在のものもご参照)

3 そのうえ、貸金業の規制に関する法律(以下、貸金業法)に定める登録を得た者が、登録金融業者として貸付けた行為による所得は、特に金融業者としてではなく貸付けた等の事情が無い限り所得税法第二七条一項の「事業所得」に該当するというべきである。

申告納税制度は、納税者自身が社会常識に従えば、容易に申告納税が可能であることが前提でなければならない。

従って、所得税法第二七条一項の「事業所得」の概念も特殊な知識を有しない納税者が通常判断するであろうところに従って解釈されなければならない。

貸金業法に基づく登録を得た者は、自ら金融業者であると認識し、金融業を行うことを公に表明して、これに対する様々な法的規則に服しながら活動している。上告人も、もちろんそうである。

登録金融業者は、自らの貸付行為を、所得税法上の「事業」と考えるのが通常であり、貸付から得た所得を「雑所得」であるなどとは到底考えないのが普通である。

納税者が判断に迷い、これを混乱させるような所得税法の解釈は、誤りであるといわなければならない。

4 以上1及至3記載のとおり、原判決は、所得税法第二七条一項の解釈・適用を誤り、上告人の所得を同条項の「事業所得」に該当しないとした違法がある。

もしくは、上告人が主張した重要な前記2の事実を考慮せず、その結果、上告人の所得を同条項の「事業所得」に該当しないとした審理不尽、理由不備の違法がある。

右いずれの場合も、判決に影響を及ぼすこと明らかな違法である。

二 禁反言の法理の解釈・適用の誤り

1 上告人は昭和五三年九月四日、その営む貸金業について、被上告人杉並税務署長に対して「個人事業の開業届出書」(甲第一号証)及び「所得税の青色申告承認申請書」(甲第二号証)を提出し、貸金業による同年度分所得から、これを毎年事業所得として申告してきた。

これに対し、被上告人は、上告人の右青色申告承認申請を認め、上告人の毎年の青色申告書を受理し、本件更正処分に至るまで八年間に亘り、事業所得であることにつき一度も更正をなしたことが無いことはもちろんのこと、事業所得であることを否認し、修正を促したり、上告人に対し、疑問さえ呈したことは全く無かった。

そもそも上告人が、被上告人に対し、右「個人事業の開業届出書」を提出し、青色申告の申請をなして、事業所得として申告をなすようになった動機の一つは、昭和五三年八月、被上告人配下の国税統括調査官から上告人が別件で呼出しを受けた際、東京都知事に対し「貸金業の届出」をなせば、上告人の貸金業による所得は事業所得として扱われる旨、指導、慫慂を受けたからである。

従って、被上告人は、自らの配下の責任ある地位にある国税統括調査官をして、上告人に対し、東京都知事に対し「貸金業の届出」をすることを指導慫慂し、そのようにした場合、上告人の貸金業による所得は、事業所得として扱われる旨通知した。

さらに、被上告人は、上告人の貸金業の内容、実態を正確に知ったうえ、本件更正処分に至るまで八年間の長きに亘り、上告人の事業所得としての申告を受理し、これを適法と認め続けてきたものである。

これにより、上告人は、その貸金業による所得は、当然「事業所得」として扱われると信じ、その信頼に基づいて行動してきたものである

ところが、被上告人は、昭和六二年四月三〇日、突然、上告人の貸金業による所得を「事業所得」ではないと主張して本件更正をなした。

右更正は、上告人の信頼を裏切り、被上告人自らの言動に反する行為であって、禁反言の法理に照らし、到底許されないものである

2 原審は、「被上告人が、上告人に対し、同人の金銭貸付が事業として行われているものであることを認める旨を表示したこととなるものとはいえない。」と認定しているが、まず、被上告人は、上告人に対し、前記のとおり統括国税調査官をして直接右旨を表示している。

統括国税調査官による右表示が存在したことは、甲第七二号証、乙第五号証及び第一審における上告人本人の供述により明らかである。

上告人は、本件更正に対する異議申立時から一貫して被上告人配下の調査官から東京都知事に対する貸金業の届出をしたらよい旨及び届出をすることにより、事業所得として扱われる旨の指導、慫慂を受けたと申述しているのであり、特に、乙第五号証は、被上告人配下の上席調査官が統括調査官立会のもとに上告人より事情を聴取し作成した上告人の申述書である。

しかしながら、原審は、反対証拠が全く存在しないのに、「甲第七二号証、乙第五号証、第一審における上告人本人の供述中には、右主張に沿う部分もあるが、右各証拠は採用することができず、他に上告人の右主張を認めるに足りる証拠はない。」として、他に何らの理由も示さず、「上告人の主張は理由がない」としているのである。

右は、明らかに経験則及び採証法則に反しており、審理不尽、理由不備の違法がある。

また、被上告人は、前述のとおり、上告人の貸付業務の実態を十分知悉していながら税法上の時効期間七年を越えるほど長期間に亘り、更正はもちろんのこと、上告人の事業所得としての申告に何らの異議を唱えていない。

原審は、右の点について、「そのことだけでは、被上告人が、上告人に対し、同人の金銭貸付が事業として行われているものであることを認める旨を表示したこととなるものとはいえない。」としているが、まず、原審は、被上告人は、上告人の貸付業務の実態を十分知悉していながら更正等、上告人の申告に対して何らの異議を唱えていないという事実を無視している点で理由不備、審理不尽の違法がある。

また、右のように長期間に亘って被上告人により異議が示されなければ、上告人が、一定の信頼を持つに至ることは明らかであり、一方、被上告人にとっては、異議を唱えたければ容易に可能であったにもかかわらず全くなされていない。

しかも、更正の動機は、今回初めて還付金が生じたことにあると思われる。

このような事情の元では、少なくとも被上告人は上告人に対し、同人の金銭貸付が事業として行われているものであることを認める旨を表示したことと同視し、禁反言の解釈、適用を誤った違法があるか、もしくは、右表示の存否の判断について理由不備、審理不尽の違法がある。

右いずれの場合も、判決に影響を及ぼすこと明らかな違法である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例